
2004年5月のTalk-Delivery
5月4日(Tue)わたくしには一つ違いの弟がいる。彼は勉学にたけており、様々な知識も満載で音楽の話も語ることもできれば、政治や経済など、何を尋ねても 巧みに答えてしまう男である。毎日立派に仕事をこなし、休日にはスポーツをバリバリ楽しんでいる。と、ここまで書くと非の打ち所のない『さわやか好青年』である。 が、実はこの彼,『個性派おもしろキャラ』なのである。ここでは子供時代にしぼって書くことにする。 思い起こせば小さな頃から『不思議ちゃん』であった。わたくしと共に育ってきたため、おさがりのスカートを履かされ「あたしあたしっ。」などと言いながらひらひら舞う。 ヘアスタイルはつるっつるのマルコメ君であった。大人になってもその趣味をひきずっていたら、と思うとゾッとするが、めでたくも彼はやんちゃになっていった。 小学校に入ると、理科が大好きになり、電気やら磁気等に興味を示した。我が家で小さな豆電球を手に「これコンセントにくっつけたら電気つくかしら☆ 」と電球の根っこのところをコンセントに「ぷしっ。」とあてがった瞬間「ぼん!!!!」と爆発した。電球は真っ黒になり、「ぎゃあああ!!」と泣き叫ぶ彼がそこにいた。わたくしもそばにおり恐怖に泣いた。鮮明に覚えている。 他にも多々エピソードはあるのだがとても書ききれる量でない。 もう一つ強烈に覚えている不思議発言がある。お互いを名前で呼び合い、双子のように日々を送る我々であったが、わたくしは『姉』という偉い立場を確立したくなり、 ある日「本日からお姉ちゃんと呼んでくれたまえ。」と申し出た。すると「では僕をお兄ちゃんと呼んでもらおうか。」と即答された。 お話しにならない。もう、双子の如くこやつと歩んでゆくしかないのか、とあきらめた。とほほ、であった。 そんなちまちました不満を抱きつつも仲良くすくすくと育った。おとんに叱られ、おもしろくない二人は腹いせに彼が入る直前の風呂をぐらぐらと沸かし、湯船からのおたけびを扉の向こうで 確認し、ほくそ笑む。そんな犯行も共にしたし、泣くも笑うもグレるもご一緒であった。で、そのまま大人になっちまったものだから現在も仲良しである。昔好きな男にふられて独り部屋で泣いていたら、入ってきて『よしよし。』してくれたこともあったものだ。 今では彼の方が『兄』みたいだが、まあいっか。頼りになるし楽ちんだし。
5月26日(Wed)先日、我が家のピアノを久しぶりに触った。弾いたのではない。もう昔のように指も回らぬし、 暗譜してパラパラ弾くことができた曲も何一つ覚えていない。でもなんだか蓋を開けたくなったのだ。 小さな頃買ってもらった思い出のピアノである。わたくしは小学校一年生から七年間お稽古に通っていた。 叔母がピアニストで、赤ん坊の頃から彼女のコンサートに度々行っていたのでピアノの音色が好きであったのだろう。 そして叔母がいつもクールにかっこよく弾いてる姿に憧れも抱いていたのだろう。 脳みそ空っぽの六才児Katzlaは、習いに行きさえすれば、すぐあんなふうになれる・・・とでも思っていたらしい。 わたくしは天才少女。脚光よ、我が身に、などと少女マンガさながらに背後に薔薇を背負って夢見た。 ドあほうである。そして近所のピアノ教室に通う事になる。 先生は「礼儀もおピアノの私におまかせあれっ。」 という若干お堅い女性であった。 お稽古前のご挨拶の仕方から始まり、右手左手の練習、楽譜の読み方など毎週30分間 少しずつ進められてゆく。両手で弾けるようになると楽しくなり、ソルフェージュ(音感のトレーニング)も 当時は得意であったため、毎週順調だった。 が、しかし何年か経つと、次第にかったるくなってきた。曲を指定され、好きな曲でないとやる気は萎え、 練習しなくなる。先生もなにせお堅い方であったからして、レッスンの空間そのものも気に食わなくなった。 彼女がお笑いひょうきん先生でギャグの一つもかましてくれたなら愉快に学べたものを。 で、気の許せない先生に「練習してないわね?」と叱られるのは分かりきっている。 行きたくない。 断じて今日は・・・と腹痛をもよおすこともしばしばであった。そしてわたくしは徐々に姑息な子供に なってゆくのである。バカな子供であったくせに、悪知恵の発達はすこぶる早かった。 お稽古をずる休みしたいがために、おかんには何度も倒れて頂いた。 当日こっそりと先生に電話する。 「お母さんが倒れました。家事いっさいがっさいをわたくしがやらねばなりません。ですから今日はゆけないのです。」 ここで、『切羽詰っている』という迫真の演技が重要である。すると先生は「あらっ、偉いわねっ、大丈夫?分かったわっ。」 と言ってくださる。わたくしはニヤリと笑う。「では、そういうことで。」と言って切ろうとすると、だ。 「お待ちなさいっ、じゃあね、明日の5時、空いてるからいらっしゃいな。いいわね?」 ・・・・・ おばさん、ちょっと待て、練習してないから行きたくないんだよ、明日ってあんた、一週間分の課題を一日足らずで できるわけないじゃん。わたくしの顔はみるみるうちにまっ青になる。まあ、先生にしてみれば、 レッスン料と回数の兼ね合いもあるし、律儀に代わりの日を、なのである。もしくはくだらん嘘がバレバレで あった可能性も考えられるが。同じネタでの常習犯であったし。 嫌だったわりにはよく七年も続いたもんだと思う。音楽自体を嫌いにならなかったのと、好きな曲にはのめり込める パワーがわたくしを『萎え萎え』から救っていたのであろう。 先生,お元気ですか。わたくしは音楽を愛する人生を送っております。伸びない生徒ではございましたが、 おかげさまで、あなたに教わった事は数々役立っております。ビバ、先生♪ |